12月, 2018年

西蔵こども園関連チラシ

2018-12-03

 

保育が崩壊する日本で「お手本のような保育園」が教えてくれること

2018-12-03

保育が崩壊する日本で「お手本のような保育園」が教えてくれること

当たり前を徹底すれば「質」は上がる

次々に保育所を増やしている大手は、保育士にかけるべき人件費を施設整備に回している傾向が強い。それと比例するように保育士の処遇が悪くなり、低賃金・長時間労働で心身ともに疲弊して現場を去っていき、保育の質どころではなくなる。

東京都港区にある愛星保育園は姉妹園をもたないため、他施設への「弾力運用」(*)はしていない。

若手の保育士が「朝、おはよーと、クラスに入ると、子どもたちが、せんせー、せんせーと言って、ぎゅっとしてくれる。ちょっとしたことでも嬉しくて、子どもが可愛くて仕方がない。明日も会えると思うと幸せな気持ちになる」と話す。連載初回のブラック保育所で働く若手とは大違いだ。

かつて主流だったはずの「一法人一施設」できちんと人件費がかけられ、職場環境が整っていると働き手としても子どもにとっても保育が変わる。

*弾力運用とは:認可保育園に対して市区町村から支払われる「委託費」の内訳である「人件費」「事業費」「管理費」それぞれ使途制限がかけられていたが、規制緩和された結果、3つの費用の相互流用ができるようになった。さらには、同一法人が運営する他の保育所への流用、新規施設の開設費用への流用も認められている。このことにより、人件費比率が低くなり、「ブラック保育所」が生まれるという構造となっている。

保育士も手応えを感じている

「いらっしゃーい、いらっしゃーい。あわ、あわ、どうですかぁ?」

愛星保育園を訪ねた夏の保育が印象深かった。1階のテラスで1~2歳児が水遊びをしている。

2歳児クラスの担任保育士の河合忍さん(42歳)が子どもたちと水の入ったタライを囲んで、ハンドソープの泡を浮かべておままごとをしている。子どもがおたまでカップに泡を入れ、河合さんに「はい」と渡す。「ありがと~」と、笑顔で河合さんが答える。

テラスと外を仕切る金網のフェンスには、子どもの手が届く高さに、意図的に洗濯バサミのついた角ハンガーがかけてある。

実は前の週、泡で遊んでいるときに「布を洗ってみよう」という流れができていた。最終的には、自分の靴下を洗って干して、乾いた靴下を履いて帰ってみようと保育計画が立てられていた。その月の保育テーマは「水と友達」。

ふらりと、2歳の子が自分で洗ったタオルを絞って干しにきたが、うまく干せない。チラッと河合さんに目線を送り、助けを求める。すかさず河合さんが近寄って声をかけた。

遊びのなかで自然と発達が促されている

「タオルを干したくて、角ハンガーの前に立ち、右手で洗濯バサミを持って、左手でタオルをつまませるのが、まだうまくできない。やってみようと頑張ってみるけど、できなくて、私たち保育者のほうを振り向く。そんな瞬間、子どもたちをとても愛おしく感じる」と河合さんは微笑む。

2階のテラスを覗くと、3歳児クラスのダイナミックなプール遊びが目を引いた。組み立て式の丈夫な円形のプールの中で、担任の大山はるかさん(30歳)が思いっきり足をバタバタさせて水しぶきをかけると、子どもたちの、きゃあきゃあという歓声が起こる。

そのうち、みんなが「あーるいてっ♪、あーるいてっ♪」とリズミカルに口ずさみ始め、一列に並んで輪になって歩き出し、「せんたっきっ♪、せんたっきっ♪」と言いながらスピードを上げてぐるぐる回った。水流ができて勢いがついてくると「せーのっ!」。水に飛び込んで、子どもたちが滑るように泳いでは、キャハハと笑う。

保育士も子どもも、思う存分プールを楽しむ

保育士経験7年の大山さんは、目を輝かせて語った。

「自分が思う存分やりたい保育ができていると、子どもと一体感が生まれて手ごたえを感じます。子どもの笑い声が自分のエネルギーになって活力がわいてくる。保育は大変なこともあるけれど、毎日、楽しいことが待っている。そこにいけば、私の居場所がある」

子どもたちにとっても、大切な夏の思い出のワンシーンになったはずだ。こうした経験から、自分が出会った先生に憧れて実際に保育士になっていくのだろう。

「1人の職員は全員の担任」

愛星保育園は「子も親も職員も ともに育ち合う」を理念とし、社会福祉法人東京聖ビンセンシオ・ア・パウロ会により運営されている。1945年、戦後の混乱のなか学生たちのボランティア活動で子ども会活動が始まったのが始まりとなる。

「何時の時代でも(戦争の時でも、平和な時でも)大人の都合の犠牲になるのは幼い子どもたちで、野放し状態にある子どもたちとその家族のための拠点造りが必要だ」と、寄附を募って認可保育事業がスタートした。姉妹園はもたず「一法人一施設」でやってきた。一貫して地域のボランティアグループによって管理・運営されている。

「子も親も職員も ともに育ち合う」の理念を掲げる愛星保育園

愛星保育園の特徴は、3歳児以上の幼児クラスで「混合保育」を行うことだ。一般的には、年齢ごとにクラス編成をして1日を過ごすが、愛星保育園では、3〜5歳の幼児クラスが一緒になる異年齢による保育を行う。

一人っ子も多いなかで家族のように過ごすことは貴重な体験。村岡恵美子園長は、「経験が浅いと『自分のクラス』をもつほうが楽だけれど、保育士にとっても、異年齢保育は力量が試され学び合う機会が増える」と話す。「1人の職員は全員の担任」という意識で保育に当たる。

愛星保育園のモデル年収

保育士が、やりがいをもって働く。このごく当たり前のことが崩壊しかけているなかで、愛星保育園の保育士は「子どもが可愛い」と思える余裕をもって働いている。それを支えるひとつが処遇となる。

一般的に、日本の保育士の賃金の官民格差は大きく、地域と年齢によっては同じ正職員でも私立で働く保育士の年収が公立の2分の1に留まることもある。一方、愛星保育園は地元の公立保育所で働く保育士の約1割も上回る賃金水準を実現している珍しいケースとなる。

愛星保育園のモデル年収は、保育士1年目で361万円、6年目で準リーダーを任されるようになると429万円になる。18年目の副主任クラスは660万円となる。賞与は基本給の4.4ヵ月分(今年度実績)。国家公務員、東京都職員、東京23区の職員の賞与を参考にして差がないように設定している。

基本的には年功序列だが、能力給を賞与に上乗せする。査定される3項目は、①日本語検定、②ピアノの実技、③体力測定のそれぞれにABC評価がつき、年間で数万円の差が出る。

東京都の「保育士等キャリアアップ補助金の賃金改善実績報告等に係る集計結果」(2017年2月)から15年度の私立の認可保育園の保育士の平均年収を計算すると、勤続年数1年目で334万円、6年目で362万円、「16年以上」で433万円ということから、愛星保育園の水準は都内の私立認可保育所全体の平均よりも大幅に高いことが分かる。

お金は子どもと保育士のために使う

愛星保育園の場合、園舎が自前のため無借金で理事長がボランティアで経営していることも人件費を十分にかけることができるポイントとなるが、委託費の弾力運用は最小限に抑えられ、将来的に必要となる人件費や大規模修繕への備えのみで人件費に重きを置く。

委託費が余れば内部留保には回さず、地域に還元している。年間で200~300万円ほど、地域住民のための子育て支援事業などに費やしている。

保護者OBでもある鍛冶智也理事長は、「法人の考え方として、保育所は税金と保護者が徴収される保育料でやっているのだから、すべて、子どものために使う。子どもをみる保育士のために人件費をきちんとかけるのは当たり前のこと」と断言する。そして、働くモチベーションを上げるための評価システムや働きやすい職場作りにも余念がない。

「保育所は税金で運営されるのだから、全て子どものために使うのは当たり前です」(鍛冶智也理事長)

2015年に改訂された給与表は1~5等級に分けられている。給与表は5等級の園長を筆頭に、1~4等級に分けられる。さらに等級のなかで学歴や在籍年数ごとの「号級」で給与が規定され納得性が高い。

1等級は、周囲の職員から助けが必要な1~3年目くらいだが、2等級で準リーダーになると月5000円、3等級でリーダーになると月1~3万円の手当がつく。4等級は主任や副主任という管理職への「昇格」となり、給与ベースが月4万円アップする。

「手当」ではなく「昇格」にすることで、その給与を支給し続けるというメッセージが込められている。

入職して8年目の伊村崇さん(28歳)は、今年度、準リーダーになった。伊村さんは、「頑張った分、きちんと賃金に反映されるため、仕事で返したい。新人の指導をするようになり、全体を見るように心がけている」と、働きやすい職場作りに注力している。友人の男性保育士が結婚や子どもが生まれることを機に他の収入の高い職業に転身していくなかで「恵まれた待遇でありがたい」と話す。

今年度、伊村さんは初めて4歳児を受け持った。幼児クラスでは、遊びのルールを高度にして発達につなげる目標もある。日々、どうやって子どもの成長を援助できるか勉強中だ。

「もっと発達について勉強しよう」「ピアノをもっと練習しよう」とキャリアアップを図っている。準リーダーになったことで、次のステップとなる主任、副園長、園長の役割の違いを意識するようにもなった。

愛星保育園は、課題があれば改善に努める。女性の保育士が辞める一番の理由は、自身の妊娠・出産。同園も例外ではなく、平均勤続年数は約3年と短かった。

保育士不足も後押しして7年前、中期計画を策定する際に平均勤続年数を引き上げる目標を立て、子育て中の保育士が就業継続できるよう早番や遅番の変則勤務から外すようにした。

また、過重労働を避けるため、保育士全員に事務時間として月5~6時間程度をあらかじめシフトに組み込んでいる。月に1回程度、法人の理事と職員の懇談会を設け、保育内容はもちろんのこと、財務、処遇改善、社会問題など幅広い話し合いを行うことで風通しの良い関係を構築。財務内容の詳細などもすべて職員はもちろん保護者にもオープンにしている。

それらが奏功し、今では平均勤続年数が9年になった。業界平均の7.7年(厚労省「賃金構造基本統計調査」2017年)よりも長い。育児休業から復帰した経験20年というベテランも増えて、保育に厚みが出ている。

20歳になった卒園生が遊びに来る

冒頭の河合さんは、小学生と未就学児の子育て真っ最中。実家は頼れず、結婚したときには辞めるべきか悩んだ。出産後に職場復帰すると、変則勤務は免除されて家庭と両立ができた。

預けている保育園から子どもの熱が出たと電話がくると、全員が河合さんのほうを見て、「早くお迎えに行ってあげて」という雰囲気を醸し出して助けてくれる。

こうした経験があるからこそ、保護者への目線が変わることもある。

あるとき、朝寝坊をしてご飯を食べる間もなく登園した子がいた。移動中、母親がやむなく自転車に乗った子どもに栄養補給食品を食べさせていたことを知った河合さんは、「お母さん、バナナでも良いから持ってきて。保育園で食べさせますから」と助け船を出した。子どもを一番に考えるからこそ、親の状況も受け止める。だからといって、その親も甘えるわけではない良い関係が築かれている。

「子どもを一番に考える保育を行う。創設の理念を継承していきたい」(河合忍さん)

取材に訪れた日、河合さんが担任をしていた卒園生が20歳になって遊びにきた。「みんなが先生」だったから、その子を知る保育士たちは、いつ来園するかと、そわそわして待っていた。長く変わらずに存続する保育所だからこそ、卒園児の故郷にもなる。

「卒園しても、ちょこちょこ顔を見せにきてくれる。これが励みになるから続けられる。若い頃は無我夢中で、子どもがうまく動いてくれないと感じたこともあった。今、その子にも思いがある、個性がある。足並み揃えた保育ができるわけがないと理解できる」と河合さんは言う。結婚や子育てで就業を断念せず20年のキャリアを積んだからこその言葉だろう。

0歳児クラスの担任の坂本久美さん(37歳)は、愛星保育園の卒園児だ。1歳下の弟と一緒に通っていたため同じ部屋にしてもらうなど、混合保育の良さを経験した。9歳下の妹の送り迎えについていき、それは楽しいひとときだった。

「どうしても、ここで働きたかった。混合保育は発達段階を見通しながら子どもとかかわることができる」と、15年前に保育士になって帰ってきた。

0歳児の離乳食の時期は、栄養士との連携プレイが欠かせない。栄養士の湯本英子さん(59歳)が毎日、様子を見にきて、「麺をスルッと食べられるようになったら、この長さにしてみようか」と、一人ひとりの発達に合った麺の長さまで考えてくれる。

風邪気味の保育士には胃腸に優しいものを作ってくれ、保護者には時短メニューを教えてくれる頼もしい存在。23年という経験がものを言う。今や、効率だけ求めて調理が業務委託される流れのなかで、このようなきめ細やかな対応のある現場は貴重だ。

保育士の処遇が良いからこそ良い保育が継承されていく。保育士にとっても、子どもにとっても、保育所が真に自分の居場所となる。だからこそ、保護者も大切な子どもを安心して預けて働くことができる。他の施設に委託費を弾力運用しているか否かで、保育の質にも差が出ると言っても過言ではないだろう。